第九を演奏しよう。第1楽章は6連譜から。

ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲第九番「合唱付き」のお話をしばらくしたいと思います。

今日は第1楽章について。

第九といえば最終楽章の圧倒的な勝利感が感動を呼びます。

第3楽章の静謐で瞑想的な旋律も、その後に4楽章があることを想定した上で成り立っているのでしょう。

しかし、ベートヴェンの最後の交響曲は、第1楽章からしっかり聴きましょう。

冒頭は通奏低音の6連譜で始まります。知らないかたは、いつの間にか始まっている印象でしょう。

そこへ、1楽章の主題が挿入されます。

初心者の方のために申し上げると、第九に限らず、ベートーヴェンの楽曲は「楽譜どおり」に演奏することが唯一の重要事項です。

よくクラシック音楽の楽曲で「無駄な音は1音もない」と言いますが、それは真実です。

そしてベートーヴェンの場合は強弱記号も含め、全て楽譜どおりに演奏することが唯一の約束ごとです。

指揮者によっては、狭い見識で自分の独自の音楽性を押し付ける方がおられます。それはプロもアマチュアも同じです。

自分にとって最高の音楽を演奏しているのですから、それがいわゆる普遍性を帯びることができれば人気も出るのでしょうが、残念ながら、普遍性とは誰にも納得できるものではないようです。

私はアマチュア演奏家ですから、色々なプロの指揮者に指導していただきました。日本でいうとNHK交響楽団の指揮をしたいと思っている、というような方がとても印象的でした。

このブログでは批判的なことは書かないつもりですから、逆説的なお話を申し上げます。

私が大学生のときに、NHKが「青少年音楽祭」というものを開催していました。通称は「ジュネス」と言います。そこで、朝比奈隆マエストロがこの第九を演奏してくださったことがあります。

私はステージ上でチェロを弾きながら、心から納得したことがあります。

指揮は、技術ではありません。

指揮者がどのような音楽を思っているか、それが演奏者に伝わるのです。

それがテクニックなのでしょうけれど、例えば朝比奈マエストの指揮は、拍がしっかり見えないんですねえ。それでもみんな、最高の演奏をしていました。私も同様です。

リハーサルの段階でマエストロの指揮は難解でしたから、私はコンサートマスターを見てました。

コンサートマスターとは、コンマスと言いますが、第1バイオリンの首席奏者のことです。

コンマスの仕事は、拍の入りの指示(アインザッツと言います)も重要な一つです。

きょうは1楽章のお話でしたね。

1楽章を楽しむコツは、最初の主題を楽しむこと、それに尽きます。

さあ、第九を聴きましょう。

今日は誰の演奏で?

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