クロエ・チュア (CHLOE CHUA 、蔡珂宜 càikēyí )をご存知でしょうか。
赤道直下のシンガポール から、素晴らしい才能がクラシック音楽の世界に現れました。
待ち望んだCDも既に販売されています。
CHLOE_CHUAその才能に触れることができるのは、喜ばしいことです。
実はクラシック音楽の分野には、いわゆる天才少女、天才少年は多いのです。
多くは5歳前後で初めて楽器に触れますから、10歳で5年以上のキャリアがあることもめずらしくありません。
そんな一般論はともかく、私自身、ジュニアと呼ばれるカテゴリーの奏者の演奏を聴いて鳥肌が立つ衝撃を受けたのは久々です。
五嶋みどり(MIDORI)を初めて聴いたとき以来かもしれません。
2007年1月7日生まれですから、現在は17歳です。
冒頭の写真は、Photo: Singapore Symphony Orchestra / Rex Tao からの近影です。見違えるように大人っぽくなりましたね。
私が衝撃を受けたのは、その音楽性です。
世界の注目を浴びたきっかけは、2018年のメニューイン国際音楽コンクール・ジュニア部門で11歳にして優勝したことです。
音楽を演奏するときには、持って生まれた才能としか言いようのない、独特の力を持つ人がいます。同じ楽曲であっても演奏者によって全く他人に与える感動が違うのです。
ピアノであれば基本的に調律は一定のはずですが、旋律の歌い方や解釈で全く印象は変わります。
ましてや弦楽器は、わずかな指弦の位置の違いで音の印象がガラッと変わる特性があります。音程の取り方、ボウイングの力加減だけで聴衆の感じる印象は違います。
良い演奏をするためには、楽器の力が半分ともいわれますが、プロとして演奏活動を継続できるのはやはり天賦の才能と、それを開花させるだけの地道な努力を他人の何倍も積み上げた人間だけに許されることなのでしょう。
演奏者として、先ずはテクニックが抜群に優れていないとソリストにはなれません。世界的なコンクールに挑戦し、本選に残るような演奏者は皆、卓抜した技能を持っています。
しかし、テクニックだけ優れていても、その音楽性が貧弱であると誰も評価してくれません。そしてこの音楽性というものは、不思議と大抵の聴衆が識別できるものです。
まさにこの点で、五嶋みどり (MIDORI) は若くして世の中の多くのファンに支持されたと思っています。
全くの私見ですが、五嶋みどりと同様の音楽性の豊かさをクロエ・チュアから感じました。薄っぺらなところがなく、人生を十分に過ごしてきた経験が生み出す様々な含蓄が、その音楽から濃厚に感じられるのです。
十代前半の可憐な少女から発出される音楽の、何と饒舌で味わい深いことでしょう。
例えば映画などで少年少女が年寄りのようなセリフを言ったとします。腑に落ちませんよね?
でもクロエ・チュアの音楽は、腑に落ちるのです。本当に彼女が自らの経験や感受性の発露としてこの音楽を演奏していると理解できるのです。
次のYouTube動画は、クロエが2018年のメニューイン・ジュニア部門で優勝した後に開かれた特別演奏会(クロージング・ガラ)で、ヴィヴァルディの合奏協奏曲「四季」から「冬」を演奏した貴重な動画です。
まだ若いというか純粋な幼さが残っていて、多分本人は満足していないと思いますが、私は感動して聴きました。
春から夏、秋と経て、冬に至って曲が完結します。全曲を聴きたいと思いました。冬の次に春が来るのが待ち遠しい気持ちになります。
赤道直下のシンガポールにずっといるとは思いませんが、将来は欧州か、ニューヨークなどの米国で研鑽を積むのでしょうか。シンガポール人は英語が堪能ですから(公用語なので当然ですが)、その点も良かったと思いますけれど、音楽で一流になる方は言語も堪能な方が多いように思います。
クラシック音楽の世界では、良い指導者、良い聴衆、そして多くの演奏機会などで欧米の環境の良さに比肩するものはないように思います。文化論として、キリスト教音楽と密接に結びついた欧米で、その土地に生活し、その土地の食文化などの生活を体験することで、初めて自分の演奏する偉大な作曲家の音楽を理解できることがあると、私の経験でも強く思います。
彼女の今後の活動に大いに期待しています。
クロエのヴィヴァルディ、いかがでしたか?
その大きな音楽性は、左手のフィンガリングと、右手のボウイングで生み出されます。どちらもまだ若いというよりは幼さを感じさせるような未完成なところがあり、それがとても大きな魅力となっています。
このヴィヴァルディの合奏協奏曲は、決してヴァイオリン1本のためのコンチェルトではありませんが、それに近い構成となっています。
チェロは、この時代の音楽の特性として、通奏低音の役割を担っています。
しかし、クロエのソロを活かすため、チェロのソロはとても慎重に音質と音色を選んで演奏していることがわかります。
ピアノを弾く方ならわかると思いますが、ピアノ曲は多くの音を同時に演奏していますが、必ず主題(テーマ)を表に出して、その他の音は伴奏としての役割を果たすべく、わずかに音色や音量を変えて演奏しているのです。
この時代の合奏曲であれば、多くの場合チェロなどの通奏低音がその役割を担っています。チェンバロとコントラバスなどで、大きな低音の塊を作って音楽を支えているのです。
クロエのソロを聴きながら、アンサンブルの楽しみと、宇宙の調和に至る哲学性を感じることができるのは、多分皆様と同じ思いであると思います。
こちらはジュニア部門の本選での演奏です。
冒頭の現代曲は「Self in Mind」というタイトルで、韓国人作曲家Jaehyuck Choi(https://www.jaehyuckchoi.com/)の作品です。
本選の緊張感が張り詰めています。
クロージングガラの方がのびのびと演奏しています。会場の雰囲気も和やかです。
シンガポールでの屋外コンサートです。ビゼーの歌劇「カルメン」のテーマを使用したサラサーテの「カルメン幻想曲」を、南国情緒あふれる屋外コンサートでさらっと演奏しています。録音がちょっとよくないですが、そこはご愛嬌かな。
最後に2つ、肉声をお届けします。
クロエのインタビュー動画はたくさんあるのですが、上はメニューインで優勝した後のもの、下はその1年前、まだ10歳の時にシンガポールで「来年は頑張る!」と初々しく抱負を語っています。まだ少女の幼さがあって、本当にヴァイオリン弾くの?という意外性もあります。
参考に、有名なイムジチ合奏団の歴史的名盤のAmazonリンクを貼っておきます。音の良さに驚きますが、録音は1959年です。現代の技術で歴史的名演が聴けるのはありがたいことです。